今の場所から東方約1,000m地点に香城寺を建てた。しかしこの香城寺は孝昭王10年(701年)に数千間の大寺刹が一夜にして焼失してしまった。庭に建てた9階石塔も火災で破損してしまい、今は3階石塔だけが残っている。その時の高僧義湘祖師は、今の新興寺から北側へ約1,500m地点である現在の内院庵に禅定寺を再建し、その後高麗時代から朝鮮時代に入るまでの942年間に900人余りの禅僧たちが修道した。そうした中、仁祖20年(1642年)禅定寺は再び火災で焼失してしまった。2年後の朝鮮仁祖22年(1644年)多くの僧侶たちが出ていってしまったが、霊瑞、連玉、恵元の3人の僧侶だけは数百年の由緖ある寺が廃虚となることは胸が痛いと思い、再建を念願した。ある日3人の僧侶が同じ夢を見た。夢か現実か香城寺が有った場所の後ろの小林庵から白髪の仙人が現われ、今の新興寺を指して‘ここは何萬年にもわたる神聖な地域だ’としたためここに寺刹を建て神興寺とした。
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