Home > 観光地 > 山 > 権金城(クォンクムソン)      


新興寺入り口から南側に空高くそそり立っている勇壮な峰が権金城で、高さは海抜770m、新興寺からの距離は約3km。この峰の頂上に登ると周囲337mの城があった跡を発見できる。現在は跡だけ残っているが昔の書籍には高さが約1.3mであったとされている。この権金城が建てられたのは高麗高宗40年(1253年)で、モンゴルの侵入を防ぐために建てられた。権金城は最初雪嶽山城と呼ばれていた。

しかし高麗末期全州、忠州、春川などが攻略されようとしていたとき、国からいくつかの道(日本の都道府県にあたる)へ遣いを送り、百姓を避難させるようにするよう慌てて城壁を積ませた。この城は権氏、金氏という名字の2人の将軍が一晩で積み上げたことから権金城と呼ばれるようになったと伝えられている。権金城は典型的な新羅時代の寺刹の築城様式で土城門が七星峰に向かって峠に位置し、外部との通路は七星峰通路ただ一つであったとされる。 この権金城は囲まれた奇異な峰で失了台、放鈴台などがあるがこの峰に登ると東海と新興寺、蔚山岩、金剛窟一帯を一目に見下ろすことが出来る。小公園からケ-ブルカ-で10分程度で海抜670mの権金山城に到着する。外雪嶽に来て権金城に登らなければ雪嶽を見たと言えないと言われるほど展望が良く、年中訪れる人々の足が絶えることが無い。この場所を雪嶽の仙境と呼んでも過言ではない。

< 権金城にまつわる伝説 >
高麗時代モンゴル軍の侵略当時、この近くに住んでいた権将軍と金将軍が家族を連れて雪嶽山に避難した。追い討ちをかけてくる敵を防ぐため山頂に登り城壁を築こうとしたが山頂付近には城壁を積むのに十分な石が無かった。2人の将軍はしばらくの間考え、権将軍が良い提案をした。‘私が川辺に下りて石を集めて投げるから山の上でこれを受けて城壁を積んでください。
夜通しこのようにしたら城壁一つぐらい築けないわけがない。’いつの間にか夜が空け2人の将軍のおかげで城壁が出来上がった。 権・金の2人の将軍が積んだ城ということでこの名前が権金城となったそうだ。

<ケ-ブルカ->
[問い合わせ] 033-636-7362
[料金]
·大人:往復-5,000ウォン
·学生:往復-3,000ウォン

[運行期間(随時変更)]
·シ-ズン(8∼9月):07:00∼18:30
·シ-ズンオフ:08:00∼17:00
[往復所要時間]:8分
※悪天候時運行不可